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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)9363号 判決

原告

廣木誠

ほか一名

被告

千代田火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

(原告ら)

1  被告は、原告らに対し、それぞれ一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五九年九月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文と同旨

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  保険契約

原告廣木誠(以下「原告誠」という。)は、被告との間で、訴外株式会社廣木製作所(代表者代表取締役原告誠、以下「廣木製作所」という。)の保有する普通貨物自動車(足立四〇い八二―三六、以下「事故車」という。)について自動車損害賠償責任保険契約(保険証券番号K―五五―三五二六二五五、以下「本件保険契約」という。)を締結していた。

(二)  事故の発生

訴外廣木誠司(以下「誠司」という。)は、昭和五八年一〇月二日午後一〇時一〇分ころ、訴外菊池聡(以下「聡」という。)の運転する事故車の荷台に訴外大谷慶永(以下「大谷」という。)と共に同乗して走行中、聡の運転操作の誤りにより同車が東京都葛飾区宝町二丁目三二番二四号先の路上脇電柱に激突した際、車外に放り出されて脳挫傷の傷害を負い、同日午後一〇時五〇分、収容先の病院で死亡した(以下「本件事故」という。また、右事故時の運行を以下「本件運行」という。)。

(三)  責任原因

廣木製作所は、事故車を保有し、自己のため運行の用に供していた者であるから、本件事故により生じた後記損害を賠償すべき責任がある(自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条)。

したがつて、被告は、本件保険契約に基づき、廣木製作所が負担すべき右損害賠償額を支払うべき責任がある(自賠法一六条一項)。

(四)  損害

(1) 葬儀費 四五万円

(2) 逸失利益 二四七五万七八二四円

誠司は、死亡当時満一八歳の健康な男子であつたから、平均給与額(月額)一三万円、生活費控除率三五パーセントとし、中間利息控除につき新ホフマン方式(係数二四・四一六)によりその逸失利益を算定すると、次式のとおり二四七五万七八二四円となる。

(13万円×12)×(1-0.35)×24.416=2475万7824円

(3) 誠司の慰藉料 五〇〇万円

(4) 原告らの慰藉料 各一〇〇〇万円

(5) 相続

原告らは誠司の父母であり、右(2)、(3)の誠司の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

(五)  結論

よつて、原告らは、被告に対し、自賠法一六条一項に基づき、前記損害額のうち各自一〇〇〇万円の限度の損害賠償額及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月二日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の認否及び主張

(一)  請求原因(一)(保険契約)の事実は認める。

(二)  同(二)(事故の発生)の事実は認める。

(三)  同(三)(責任原因)は、前段につき、廣木製作所が事故車の保有者であり、歩行者等に対する対外的関係におけるように一般論として本件運行につき運行供用者の地位にあることは認めるが、後に主張するとおり、誠司との関係においては同製作所に自賠法三条の保有者責任が生じる余地はない。したがつて、被告に同法一六条一項の損害賠償責任が生じる余地もなく、後段の主張も争う。

(四)  同(四)(損害)は、相続関係は認め、その余は争う。

(五)  同(五)の主張は争う。

(六)  被告の主張

(1) 誠司は、本件運行につき、保有者である廣木製作所と共に運行供用者たるべき地位にあつた者であり、自賠法三条にいう「他人」に該当せず、同製作所に対し、本件事故に関して保有者責任を問うことはできないというべきである。

すなわち、本件運行ないし本件事故に至る経緯をみると、誠司と廣木製作所との間には、同人が同製作所の代表者である原告誠(同製作所は実質同原告一人の会社である。)の長男であるという身分関係があるところ、本件事故当夜、誠司の友人数名が同人宅に集つた際、事故車で近隣をドライブする目的の下に、同人において、同製作所すなわち同原告には無断で事故車の鍵を持ち出して友人に渡した上、その内の一人である聡が運転して他の友人宅へ向う途中、自らも事故車の荷台に同乗していて本件事故に遭遇したというものである。

すると、誠司は、本件運行について運行支配・利益を有するというべきであるから運行供用者の地位にあるといわなければならず、保有者である廣木製作所もまた運行供用者であるとしても、前記本件運行の目的、経緯に照らすと、本件運行に関しては同人の運行支配・利益の方が直接的、顕在的、具体的であることが明らかであるから、保有者たる同製作所に対し、自賠法三条にいう「他人」であることを主張できないというべきである。

(2) また、少しく視点を移してみるに、前記の鍵の無断持ち出しのほか、運行目的、搭乗態様が廣木製作所(プレス金型・プラスチツク金型の製造販売を営業目的とし、原告誠がその納品等に事故車を使用する。)のそれに著しく反し、客観的にみて同製作所の許容限度をはるかに逸脱していることなどに照らすと、誠司に対する関係においては、同製作所の運行供用者性は喪失しているものというべきである。

(3) 以上、いずれの観点から検討を加えても、本件事故に関しては、誠司は廣木製作所に対し自賠法三条の保有者責任を問うことはできないといわなければならない。そして、以上の解釈、結論は、条理ないし社会通念に適合する妥当なものというべきである。

すると、同製作所の保有者責任を前提とする被告の自賠法一六条一項に基づく損害賠償責任が生じないことも明らかというべきである。

3  被告の主張に対する原告らの認否、反論

(一)  被告の主張(1)について

二段の本件運行ないし本件事故に至る経緯の部分は認めるが、その余の一段及び三段の主張はすべて争う。

誠司は、廣木製作所の代表者である原告誠の長男ではあるが、同製作所とは全く関係がなく、本件事故以前その手伝いをしたこともないし、本件事故の日の二日前まで居住関係さえ同原告とは別々であつた。また、誠司は運転免許を有していないため、およそ事故車の運転に関与することはできなかつたし、現に運転をしたこともない。さらに、同人は、聡に対し格下の関係にあり、これを排して本件運行を支配できるような立場にはなかつたものである。

以上の諸事情のほか、廣木製作所の事故車の管理に十分でないところがあること、ないし誠司に対し事故車の使用を容認していたことなどを合わせ考慮すると、同人は運行供用者性を具有しておらず、又は、同製作所の運行支配の方が直接的、顕在的、具体的であるというべきであるから、自賠法三条にいう「他人」に該当するというべきである。

(二)  同(二)について

廣木製作所の営業目的、事故車の用途は争わないが、その余の主張は争う。同製作所は、誠司やその友人らの事故車の使用を容認していたのであるから、本件運行が同製作所の許容し得る限度をはるかに逸脱しているなどとまではいえない。したがつて、誠司に対する関係で同製作所の運行供用者性が失われることはないというべきである。

(三)  同(三)の主張は争う。

三  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因(一)(保険契約)及び同(二)(事故の発生)の各事実は当事者間に争いがない。

二  しかし、請求原因(三)(責任原因)について被告は、廣木製作所が本件運行について一般的ないし対外的には自賠法三条の保有者責任を負うべき者であることを認めるものの、誠司(及び聡)との関係においては、誠司も運行供用者であり、同製作所に対し同法条にいう他人であることを主張できないなどと述べて、被告の同法一六条一項の損害賠償責任を争う。そこで、被告の右主張の当否について、以下に判断する。

1  被告の主張(1)のうち二段の事実(本件運行ないし本件事故に至る経緯、廣木製作所の経営実体、誠司の身分関係等)及び同(2)のうち同製作所の営業目的、事故車の用途に関する部分は当事者間に争いがなく、右争いのない事実にいずれも原本の存在と成立に争いのない乙一号証、三号証、五ないし一一号証、一三号証、証人目黒光司、同佐藤浩、同菊池聡の各証言、原告廣木誠の本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  事故車の保有者である廣木製作所は、プレス金型・プラスチツク金型の製造、販売を目的とする株式会社であるが、その実体は原告誠一人の個人会社であり、事故車は右製品の納品等の会社の業務執行のため専ら同原告が使用していた。また、事故車の管理の態様は、同原告宅から約五〇メートルほどの所に駐車場(出入りは自由である。)を借りてここに保管し、事故車の鍵を同原告宅の玄関内の下駄箱の上のスリツパ置き背部に釘を打つて掛けておくというものであつた。このような管理状態であつたため、誠司が事故車の鍵を勝手に持ち出し、後記のように、これを遊び仲間達に運転させ、自らも同乗して乗り回すことがあり、同原告は誠司に対し無断で事故車を使用しないよう厳しく注意を与えていた。

(二)  誠司は原告らの一人息子である(他に姉が一人いる。)が、特に廣木製作所の仕事に携わつたことはなく、高校卒業後は、原告誠の意向もあつて昭和五八年四月から約六か月間自衛隊に入隊し、本件事故の日の二日前(昭和五八年九月三〇日)に除隊になり、原告ら宅に戻つてきていた。

ところで、誠司には小、中、高等学校時代からの親しい友人である大谷、聡、佐藤浩(以下「佐藤」という。)、菊池芳治(以下「芳治」という。)及び目黒光司(以下「目黒」という。)らとの付合いがあり、同人らは、誠司が自衛隊入隊中も、休日などで帰宅の際には同人宅に集まり雑談をして過す、あるいは近くのフアミリーレストランデニーズにたむろして談笑するなどが常であつた。また、そのような折、誠司が原告誠にはもちろん、原告つる子及び誠司の姉のいずれにも無断で前記保管場所から鍵を持ち出し、右の仲間同士で事故車を乗り回して遊ぶこともあつた。その回数は本件事故前に二、三度であり、そのほかに一度誠司の姉の許可を得て自動二輪車の運搬のためにこれを使用したことがあつた。もつとも、右いずれの際にも、運転免許を持たない誠司は自ら運転することはなく、同乗するのみであつた。

(三)  前記大谷ら五名は、本件事故の日である昭和五八年一〇月二日の夕方、誠司が除隊になつて帰宅したことから、これを知つて、あるいは同人から電話で誘われて同人宅に集まり談笑しているうちに、誰からともなく前記デニーズにでも行こうということになつた。ところが、佐藤、大谷及び聡が夕食のため一たん各々の自宅に帰つている間に、誠司と芳治及び目黒の間で事故車を出して乗り回そうという話しがまとまつた。そこで、誠司と目黒は、誠司が原告誠及びその余の家人(誠司の母親である原告つる子、誠司の姉)に無断で事故車の鍵を前記同様持ち出して、ちようどそのころ夕食を終えて戻つてきた佐藤と共に前記駐車場に赴き、目黒が運転し、誠司と佐藤が荷台に乗つて取りあえず事故車を誠司宅前まで運んだ。その後、目黒は事故車から降り(そのころ、原告つる子が誠司らの行動に気付き、遅いから帰るように注意をしたが、車については別段言及しなかつた。)、佐藤が運転し、誠司が助手席に同乗して友人である高野某(以下「高野」という。)を誘いに行つたが、同人がこれに応じなかつたため戻つてきた。その際、佐藤は、先ほど原告つる子に注意されたことから、事故車を乗り回していることが同原告の目にとまらないよう誠司宅から離れた所に駐車した。そのころには、大谷、聡も戻つてきており、佐藤と聡との間で再度高野を誘つてみようということになり、聡が運転席に、佐藤が助手席に乗り込んだが、聡が事故車の運転は初めてであつたことから、その運転操作の手順等について佐藤の教示を受けている間に、誠司と大谷も荷台に乗り込んだ。そして、出発して間もなく、聡の速度の出し過ぎによる運転操作の誤りによつて本件事故が発生した。

2  ところで、自賠法三条にいう他人とは、運行供用者及び当該車両の運転者、運転補助者を除くその余の者をいうものと解される。そこで、本件請求に即して、誠司が事故車の保有者である廣木製作所との関係においてなお右の他人性を保持し得るものかどうかについて検討してみる。

「前記認定事実に基づき、今一度本件運行及び事故に至る経緯、情況を要約してみると、誠司は本件運行につき自らは運転行為を行つていないが、自らも加わつて友人宅の訪問や近隣のドライブ等要するに事故車を乗り回して遊ぶことに話しが一致し、このおよそ廣木製作所の事故車の使用目的とは無関係な遊興目的のために、同製作所即ち原告誠に無断で事故車の鍵を持ち出し、前記認定の友人らに事故車を提供し、使用させるとともに、自らもこれに加わつて荷台に同乗していたというのであり、また、友人らは、誠司が鍵を無断で持ち出し、使用していることを知つてはいたが、同製作所の経営者の息子が持ち出したからこそ事故車を使用したものであり、従来の事故車の無断使用もすべて誠司の鍵の持ち出しによつて行われていることなどに照らしても、同人の介在がなければ本件運行には至らなかつたであろうことが十分にうかがわれるのである。

すると、誠司は、本件運行につき、運行の利益を享受していたことはいうまでもない。また、同人は、運転免許を持たず、実際にも運転行為を行つていなかつたとはいえ、本件運行を含む前記事故車の一連の運行について、その運行目的のいわば発案から実現に至るまで極めて重要な役割を果たしているのであるから、本件運行についても運行支配の一面を担つていたものといわなければならず、殊に、保有者である廣木製作所との関係でみる場合、実質上の保有者であり、事故車の管理者である原告誠に無断で鍵を持ち出し、同製作所の事故車に対する本来の使用目的とは無関係な遊興目的のために事故車を運行に供した誠司の行為は、同人が原告誠の親族であることとも相まつて、事故車が右運行に供されている間、本来の保有者である同製作所に代わり、右運行に伴う危険を支配、管理すべき地位、責任を自ら引き受けたものと評価されるべきものであり、そうである以上、誠司の本件運行に対する支配は、同製作所のそれと比較し、直接的、顕在的、具体的であることは明らかというべきであり、誠司は同製作者に対しては自賠法三条にいう他人性を保持し得えないものといわなければならない。

なお、原告らは、誠司と運転者である聡との力関係をとらえて、誠司は、いわば聡の格下の立場にあつたから、本件運行を支配し得るような地位にはなかつたなどとして本件運行に対する誠司の運行供用者性を否定するが、前記説示から明らかなとおり、本件では保有者である廣木製作所との関係で誠司の運行供用者性、他人性は検討されるべきものであるから、既にこの点で原告らの右主張は失当といわざるを得ない。また、同人と聡との間に、誠司の本件運行に対する一連の関与の過程につき、同人が聡によつて脅迫等され、その自由意思を抑圧されていたなどの特段の事情があれば同製作所との関係でも事態は変つてこようが、本件全証拠によるも右のような特段の事情は到底認め難く、いずれにしても原告らの右主張は理由がない。

3  右のとおり、誠司は保有者である廣木製作所に対し、自賠法三条にいう他人であることを主張できず、したがつて本件運行につき保有者責任を問い得ないのであるから、右保有者責任を前提にする同法一六条一項の被告の損害賠償責任が生ずる余地もまたないものといわなければならない。

すると、原告らの被告に対する本件損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないこととなる。

よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九三条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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